昭和56年2月16日 朝の御理解 中村良一
御理解 第29節
「桜の花の信心より、梅の花の信心をせよ。桜の花は早う散る、梅の花は苦労しておるから長う散らぬ。」
えー、信心辛抱の徳と申しますか。お徳を受ける、おかげを受けるとこう申しましても、そのおかげが、ね。信心辛抱の徳を土台にして、えー、打ち立てられるおかげというか、樹立されるおかげというもんでないと、それは、桜の花の信心という事になるのじゃないでしょうか。ね。やはり、信心辛抱の徳というものが、土台になって、打ち立てられるところのおかげ。ね。それは、えー、昨日も、夜、富久信会でしたから、お商売人の方達の、色々、おかげを受けていかれる話を、幾らも聞かせていただいたんですけれども、んー、その、ただ、華やかな、パーッとしたおかげを頂いたというのが、その、信心辛抱の土台もなしに頂いたおかげは、それこそ、散りやすい。桜の花が、パァーっと、華やかに咲くけれども、えー、それが、また、一遍に、ぱっと散ってしまうように、そういうおかげではね、えー、神様に対しても相すまんし、自分としても、力のない、いうならおかげになりますからね。どうでも一つ、何というても、信心には、いかに簡単です、明瞭です、おかげが確かですというても、ね。その、信心辛抱の、こう貫かせてもらう信心が、なされてからの、私は、あー、おかげでなからなければいけないと思う。
昨日、んー、富久信会の中で、あの、田主丸のむつやですね。石井信司郎さんが発表しておりましたが。話聞き終わってから申しました。もう、その調子でおかげ頂いていくなら、間違いないねと。お母さんが、どうぞ、長男、石井信司郎が、あー、将来の、当時は椛目でしたから、椛目の教会の、総代にでもお取立ていただくようにというて、もうこれは、繰り返し願っておったんだけれども、その願いが成就する。次の時代の、もう総代の資格を、資格というか、の、良い総代が出来るだろうというて、まぁ、お話をさせて頂いた事でしたけれどもね。
えー、先だってから、あの、何か、売り出し中なんです。ちょうど、売り出しの準備をしておる前日に、初めてのお客さんが見えられて、沢山な、ま、良い商いが出来た。こりゃまぁ、本当に、売り出し前に、幸先が良いなと思うて、まぁ、有難いと思うて、数時間したら、その方から、電話がかかってきた。というのは、もうそれは、仕立てをちょっと待ってくれというようなことであった。その方が、今日はむつやで、こういう買い物をしたという話を、ある友人になさったら、それはあんた、どこの誰々さんが着てござるとと同じじゃないのと言われてもう、途端に、それを着るという気持ちが、あの、むつやは、呉服屋さんですからね。その、すまんけれども、あれは取り消しにしてくれという事だったと言うのです。ね。はぁ、良い商いが出来たと。明日から売り出しというのに、幸先が良いとこう思うておる所へ、電話が架かってきて、電話一本で断りのね。あれで、普通のだったら、私は、まぁ、そんなこと仰らずに、何とかというふうに、まぁ、いうならば、言うたに違いないのだけれども、自分ながら、自分ながら有難いような、はぁ、良いですというてその、それを受け止めることが出来たと。本当に、自分ながら嬉しいわけですね。これが信心だと。これが、合楽理念での商売だというふうに、まぁ、自分の心の調子が良かったのでしょうけれども、そういう受け方が出来たと。そして、いよいよ、翌日から、売出しが始まった。その、第一日目に、三日か、四日か、する事になっておった。まぁ、三日か、四日で、これだけの売り上げが出来れば良いというだけ、初日で売れたちいうんです。これもまた、大変なおかげでしたと。そして、昨日、えー、十三日会から、昨日にかけて、ここの御用が、昨日もこちらで、幹部の方達の、何か会合があっとります。それに、もうあの、間違いなく、お客さんが、まぁ、良いお客さんが、三組だけは、見えることになっておったから、随分迷うたち言う。ね。そして、まぁ、結論として、神様のほうを先にとろうと思うて、こちらのほうの会合に出てきた。それでも家で、もし、そのお客さんが見えたなら、電話を架けろ、直ぐ帰るからというて出て参りましたけれども、とうと、電話が架かってきませんでした。それで、また、家に電話を架けましたら、その三人、三組とも、見えなかったとこういうのです。ね。おかげを頂いているでもね。その嬉しいこと、嬉しくないこと。良い事、悪いことの中に、はっきりと神様の働きを見ながら、感じながら、信心が続けられていく。勿論、むつ屋といえば、椛目時代からのご信者で、その当時、むつやがあるから、椛目が立つと言われるくらいに、いー、お母さんたちの信心が、熱心に、熱烈でした。それで、亡くなってしまわれて、後、まぁだ、ようやく二十歳になったばっかりの、いわゆる、青年社長で、あの、むつやを今日まで、おかげを頂いてまいりましたが、段々、それこそ、日まさり、月まさりにおかげを頂いて、もう、その代わり、もう夫婦が、必ず、あの、それこそ、夫婦であの、お日参りを致します。ね。そして、いわゆる、親の信心の、いわば、基礎、土台というものがあって、なら、めいめいもやはり、信心辛抱をこう貫かせていただきながら、合楽理念を行じ、そこに、合楽理念の有難さというものを、良い事につけ、悪い事につけ、感じ、分からせて頂きながら、今日の、むつやがあるという事です。ね。そういうところに、いうならば、繁盛のおかげを、いよいよ、合楽理念を確固たるものにして行く。合楽理念に、いわば、お商売は合楽理念をもってするほかは無いというような、まぁ、言うなら、華やかなおかげも、そういう信心辛抱に支えられての、私は、おかげでなからにゃならんというふうに思いました。ね。お願いをして、ぱっと。
昨日はあの、宮崎からも見えておりましたが、佐田さんのお導きで、この前、一回参ってきた、やっぱ、商売人の方なんですけれども、んー、何時のころからか、耳が全然聞こえられなくなって、えー、色々、もう、あらゆる手当てをしたけれども、おー、聞こえない。それで、まぁ、補聴器ですかね。もう、もうとにかく、そのために、二年間あまりは、ノイローゼのようにもなった。それを、耳の中に入れとかにゃならんから。それで、まぁ、自分も何か、本当の信心があるならというて、求めておる所へ、佐田さんの話を聞いて、先だって、お参りをされた。帰り道、自動車の中で、えー、眠っておったら、えらいエンジンの音が、耳にがんがん響いてならんから、エンジンの音が、とても今日、やかましい。こちらへ、お参りをしてくるときは、そうでも感じなかったところに、どうしてそんなに、エンジンの音がやかましいのですかち言うて聞いたら、いいや、行き掛けも、帰りがけも同じですよと言われるのでびっくりした。補聴器を取ってみたら、その人、横へ据わっている人の話が聞こえる。もう本当に、びっくりしましたと言うて、そのまぁ、皆さんの、今日の話を聞かせて頂いて、合楽の信心が、自分が求めておった信心。そして、こういう、ま、奇跡的なおかげを頂いた発表をしておられました。ね。だから、そういうほんなら、おかげを頂いたというだけの信心では、ねずりがないでしょう、ね。なるほど、そういうおかげもあり、その、合楽では、まぁ、日々、奇跡が起こっております。だから、そういう事だけに左右する信心じゃなくて、がっちり教えに取り組み、いわゆる、合楽理念に取り組んで、しかもそれが、信心辛抱し貫かれて、その貫く間とても、良い事ばかりじゃありません。ね。それこそ、良い事、悪いことの中にも、ね。儲かった、儲からなかったという様な事の中にも、はっきり、神様を感じさせていただくのが、私は、合楽理念だと思うです。いわゆる、リズムです。天地の、そうしたリズムの上に立つのですから、例えば、ね。せっかく、良か商いが出来よるとを、それを、電話一本で断られた。はぁ、良いですよというて、気持ちよく受けられる、その調子というものは、ね。日頃、リズムに乗っておらねければ出来ることではない。ね。そのリズムに乗っての、言うなら、良い事、悪いことであり、降るであり、照るである。ね。降るも照るも、やはり、ご神意のまにまに、神様の働きを、そこに感じながらの、いわゆる、信心辛抱である。この辛抱が出来て、そして初めて、信心辛抱の徳の上に、打ち立てられるところの、それこそ、華やかなおかげもまた、ね。いよいよ、お互い、頂かなければならない。
昨夜、えー、終わりましてから、文雄先生がまた、例の通りに、足を揉みに来てくれました。そして、昨日は、あー、月のうち何回か来ていただく、ここの、んー、浅野さんという、糖尿病の権威と言われる先生で、えー、お母さんが、山口支部長です。という事で、自分もまぁ、色々、時々、お参りをしてお願いをなさったり、また、糖尿病の研究のことについても、ご神意を頂きながら、あー、進めておられるお医者さんですけれども、その方と一緒に、私が、こんなに目が薄くなったので、眼科の、まぁ、お医者さんを、その方が連れてきてくださいます。昨日は、それが、見えておりませんでしたけれども。もう、始めの間は、もう一遍で、はぁ、僕は行かんと言うかと思うておったら、こら、昨日の、浅野先生のお話なんです。文雄先生に話された。あの先生がもう、合楽に何回か、こうやってきて、もう、合楽にいく事が楽しみになったと。こういう信心の世界があるということは、僕は知らなかったというて、もうえらい、もう別に、お取次ぎを頂いて、お願いをなさった事でもなからなければ、お祭りなんか、御祈念にかたられた事もないのだけれども、いわば、雰囲気から受けられ。その、どういう事が、そんなにその先生の心をとらえたのだろうかなぁと。私は、まぁ、文雄先生の話を聞きながら思うたんですけれども。とにかく、先生が見えるという事になると、戎浦さんたちが夫婦ですね。それこそ、いっぱい、金光様が一緒に着いてきてくれる。そして、文雄先生がお迎えに行く。正義先生が来ておる。繁雄さんがおられる、ね。ここでは、あー、おもな修行生の方が、一人二人、必ず、それをもう、私のひとりの身体を、色々こう、見て下さるために、その人達がもう、まぁ、嬉々としてと言うか、もう、芯からというか、真心というかで、その、私のそれに、当たって下さる。そういう様子を見られただけでも、はぁ、ここの神様は違うなぁと言う風に思われたのじゃなかろうかと、こらまぁ、私が思うわけなんです。ね。お医者さんが来てくださる。誰かそこに、家内なら家内がおって、こう御用するだけでも良いのだけれども。それだけほんなら、合楽の幹部と言われる方達が、その、私ひとりの事のために、まぁ、お使い回しを頂いておられる。そういう様子にですね。あの、おかげを頂かれるんだと感じさせるものがあったんじゃないかという風に、まぁ、思いますけれどもね。んー、とにかく、信心とは、私は、それだと思うんです、ね。そういう真というか、まだ、私が、御祈念の中に、ね。日まさり、月まさり、年まさりのおかげを頂かせてください、ね。そして、信心の真を現しては、どうぞ、代まさりのおかげともという風にも、信心の真を現すという事は、無条件。ほんなら、親先生なら親先生の事のために、無条件で、半日、一日を、いうならば、あの、そこに凝視するという事。ね。そういう信心がです。しかも続けられる、信心辛抱の徳ともなるほどしの、貫く信心をさせてもらってです。
昨日、文雄先生が発表しておりましたが、もう、ここ十二日からですから、ずーっともう、合楽、合楽、合楽の事で続いておる、行事が。そして、昨日は、十四日で、日田の共励会でしたという、そのこう、もう、自分の時間ちいう物はないという事を言ってました中に、あの、私が、横から、もう一つ口を添えようかとも思ったんですけども、十四日の晩は、十二時に帰ってきました。日田から。それから、また、一時間半ぐらいの、足を揉んで。だからもう、殆ど寝てないんです。そしてその、浅野先生を呼びに行ったり、送ったり、また、昨日の会合にかたったりという、その、それがね、あのもう、それこそ、何というでしょうか。もうとにかく、文雄先生がもう独り言のように、そういうように、神様の事に、一視一心と申しますか、そういう一面が凝視されるとき。私は、商売は、だいたい、下手ですけれども、神様が、商売はさせて下さるんだと言う。とにかく、神様に真心をもって、えー、奉仕しておれば、ね。こうすりゃ、ああなるというような計算づくの様なもんじゃなくて、それがね、そうせずにはおれないものが、身に付いてきておる。そういう信心が続けられての、いうならば、おかげでなからなければね。いわゆる、あの、梅の花が咲いて、そしてそこに、馥郁とした香りを漂わせながら、鶯も来て止まる。いうなら、梅干の元ともなる、梅の実もなるといったようなおかげでなからなければいけない。信心して、パァーっとしたおかげを頂こう。そら、珍しいおかげを頂くという人もありますけれども、それが、そのままでは散りやすい。ね。もう散ってしまって、後はもう、信心の毛もないようになっていく人も沢山あるのです。ですから、私共の、その根底。梅の花の信心と教えられる、その梅の花の信心が、根底となって、その、なら、梅の花の信心の根底というのは、今日、石井信司郎さんの事を聞いて頂いた。なら、文雄先生の事を聞いていただいたがです。そういう内容の充実した内容でなからなければならんという事でございます。どうぞ、そういう梅の花の信心に、いわゆる、いうならば、あー、おかげ、御徳を受けて頂きたいと思います。どうぞ。